低生活水準と幸福度

妻が大病院でパートの仕事をするようになり、同僚や患者の不遇な人たちを見て自分が恵まれていることを実感したと言っていた。

アメリカの無料ESL(移民向け英会話クラス)などで低所得の厳しい生活水準の人たちはたくさん見てきたではないかと私が言うと、「彼らは違う」と言う。どう違うかと問うと、要するに「彼らは夢と希望を持っていてとても元気だが、日本のパート労働者は暗い。」とのこと。そもそも無料ESLコミュニティカレッジ(授業料は1単位7ドルくらい。2年〜4年制。)には目標と期待を持った人が集まっているのだが、街で見る最低賃金労働の人たちも確かに明るい。

地域差はあるのかもしれないけれど、夜中にポンコツ車に寿司づめになってオフィスにやってくる掃除夫(janitor)の人たちも鼻歌を歌いながら景気良く作業している。一日にサービス業三つ掛け持ちしているというアフリカ系のアパート管理の人も、車のディーラーみたいな邪な仕事で稼いでいたころよりましだと人生を語りだしたらとまらないし。また、ある調査によればアメリカの大学院生やメディカルスクール生は30歳前後まで最低水準の生活をつづけるのが普通だが、最も幸福度の高いグループであるという。自力で人生を改善できる期待がどれだけあるかが幸福度に大きくかかわるとのこと。回復の期待の無い病気で養護院にいる人たちが暗いのは日米共通。

すでに書いたかもしれないが、LAのある三十代なかばのホームレスの女性が、ちゃんと就職して子供の養育権をとりもどすことを目標に、生活保護金を授業料に充てて昼はカレッジに通い、夜は1ドルで乗れるLA横断バスの中で寝る生活をつづけ、卒業までこぎつけた話を以前CNNで聞いた。そういう自助努力は日本では異様に困難に思える。短大や専門学校でも数百万円かかり、パート募集にまで年齢制限がある。

阿部内閣が『再チャレンジ可能社会』を掲げているが、パッチワーク的に弱者支援制度を散発したところで効果は薄そう。

呼吸法

日経サイエンスの尺八奏者インタビュー記事によると、日本人の背が丸まるのは水田などでバランスを崩さないのに適した重心を動かさない密式呼吸が普通だったためではないかとのこと。おなかも胸も膨らまさず、横隔膜のみを上下させる呼吸法で、着物の帯で腹部を締めていても十分な呼吸ができるそうだ。興味深いが、どうやら自分にはできない。